声優道

超ベテラン声優からあなたへ、声優になるための極意を伝授します。


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水田わさびの声優道

国民的アニメ『ドラえもん』のドラえもん役をはじめ、アニメ、洋画、ナレーション、舞台など幅広いジャンルで活躍中の水田わさびさん。水田さんがこれまで歩んできた声優道を、全3回のトークでお届けします。

プロフィール

水田わさび みずたわさび・・・8月4日、三重県生まれ。青二プロダクション所属。高校卒業後に劇団すごろくに所属し、舞台女優として活躍。96年より声優の仕事を始め、05年にアニメ『ドラえもん』のドラえもん役に抜擢される。他の出演作に『こてんこてんこ』(ねこうもり)、『忍たま乱太郎』(福富カメ子)、『わたしンち』(川島)、『Yes,プリキュア5 Go Go!』(メルポ)などがある。

②転機になった『ドラえもん』

舞台きっかけで受けた『ドラえもん』のオーディション

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 私の声優人生の中で一番大きな転機となったのは、やっぱり『ドラえもん』ですね。私、知らない間にオーディションを受けてたんですよ。あるとき一人だけポツンとスタジオに呼ばれて、『ドラえもん』の台本のコピーを渡されて、「ちょっと、これ読んでみてくれる?」って。当時私は、男の子AとかBの役で『ドラえもん』に出ていたので、「何かあったときのためにやっとくのかな?」くらいの軽い感覚でやったんです。

 それが『ドラえもん』の最初のオーディションでした。後日、あれがオーディションだったと知らされて「もっとちゃんとやれば良かった~」って思ったくらい。私ひとりぼっちで、「スタッフさんもどこにいるの?」って感じで、ボイスサンプルを録るよりも質素な雰囲気でした。だからリラックスできたと思うし、モノマネじゃなく自分の声でやることができました。もし気張ってやっていたら、大山のぶ代さんのモノマネになっていたかもしれません。

 オーディションは何回か受けました。同じテレビ朝日さんの『あたしンち』の収録の日に、「30分くらい早めにスタジオに入ってくれる?」と言われて行ったら「もう一回、ドラえもんの声、やってくれる?」って。それが2次オーディションでした。いつもだまし討ちみたいな感じですよね(笑)。3次、4次と進むとさすがにオーディションらしくなってきて、掛け合いの芝居もやるようになりました。

 そして最終オーディションに呼ばれ、お芝居をして面接を受けました。待合室で待っていたら、そこから一人いなくなり、二人いなくなり・・。「受かった人は、別の部屋に行ってるのか。早く帰りたいな」と思ってたら、カチャって扉が開いて、そこにカメラがあって「あなたです!!」って。それが結果報告で、その画が夕方のニュースで流れました。ビックリしましたね。オーディションの結果って、後日事務所から電話で知らされるのが普通なので、まさか当日現場で言われるなんて思ってもいなかった。ドッキリカメラみたいな感じでした。この特殊さが、『ドラえもん』なんですかね。

 後で聞いたことですけど、このオーディションも舞台がきっかけだったんです。『ドラえもん』の監督さんが、「劇団すごろくに変な女の子がいたよね? あの子の声、聞いておきたいから」って呼んでくれたそうです。『ドラえもん』のオーディションは、声優の名前、年齢、事務所など全部非公開で、音声だけでスタッフさんたちが選ぶという珍しい形でした。監督も「君が残るとは思ってなかった」と言ってましたけど、もちろん、本人もビックリですよ(笑)。

「いつクビになるんだろう?」と怯えた日々・・・!?

_DSC1842_1  2005年から『ドラえもん』をやらせていただいて、早くも10年目を迎えました。ドラえもんは国民的キャラクターなんですが、役が決まった直後は、ありがたいことにあんまりプレッシャーを感じることはなかったです。まず藤子・F・不二雄先生の原作45巻と『ドラえもん』関係の書物をたくさん読んで勉強する必要がありました。『ドラえもん』関連の取材に答えられなきゃいけないので。さらに玩具やCMなどのドラえもんの声も全部収録し直さなきゃいけなかった。あまりにも作業が多くて、それに追われて正直プレッシャーを感じている間がなかったんですね。

 テレビでOAが始まっても、あまり実感が湧かなかったです。当時は「とりあえず半年続ければいいや。半年でクビになったら、それはそれで向いてなかったんだと思おう」と思っていました。それは共演の5人~私と大原めぐみさん(のび太)、かかずゆみさん(しずか)、関智一さん(スネ夫)、木村昴さん(ジャイアン)~の中でも話していました。「25年間続いた番組だから、多分いっぱい叩かれるよ。半年続けられたらいいよね」って。半年続いて、1年くらいたって映画をやらせてもらったときに、初めて「よし!! 私、ドラえもんをやらせてもらえているんだ」と実感することができました。

 それまでは「私はいつクビになるんだろう?」って怯える日々が結構ありました。アフレコ現場はみなさん温かかったんですけど、ときどき背広を着た偉いプロデューサーさんがいらして、いろいろ注意をされるんですよ。この業界、やっぱり数字(視聴率)が大事なので、数字が落ちると「皆さん、頑張ってください!!」って。それだけ注目されている作品なんですよね。まぁ、芝居を変えて数字が上がるなんてことはまずないんですけど(笑)。でもとりあえずハッパをかけられると現場がピリっとして、こっちも「はい、頑張ります!!」と答えますし、藤子・F先生の原作を読み返したりCDで先生のお話を聞いたりして、また新たな気持ちで取り組むことができました。

 そんな『ドラえもん』の現場を通して、私たちキャスト5人の絆はすごく強くなりました。5人で泣いた日もありますし、いろんな困難を乗り越えてきているので。まぁ、表向きは私が座長ですけど、実は関さんが真の座長で裏ボス(笑)。私が迷ったりつまづいたりしていると、必ず関さんが電話をくれて「わさドラだったら、こうするんじゃない?」と適格な指示をくれるんです。すっごく優しい方です。関さんとはつき合いも古いし、今一緒に『ドラえもん』をやらせてもらっているのは、私にとっては心強い限り。ときどき「関さんじゃなかったら、私は誰を頼ってたんだろう?」って思っちゃうくらいです。

先輩から学ぼう!

声優相談室、柴田がカツ
最強声優データベース、声優名鑑

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