声優道

超ベテラン声優からあなたへ、声優になるための極意を伝授します。


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中尾隆聖の声優道

中尾さんは児童劇団から役者としてのキャリアをスタート。ラジオドラマ、テレビドラマなどを経て、現在は声優としてたくさんの人気キャラクターの声を演じるまでになった。そこに至るまでにはどんな紆余曲折があったのか。役者としての糧になっているという若き日の経験をたっぷりと語ってもらった。

プロフィール

中尾隆聖 なかおりゅうせい・・・2月5日生まれ。81プロデュース所属。主な出演作は『それいけ!アンパンマン』(ばいきんまん)、『ドラゴンボール改』(フリーザ)、『ONE PIECE』(シーザー・クラウン)、『スイートプリキュア♪』(ノイズ)、TV『にこにこぷん』(ぽろり)、『ドレミファ・どーなっつ!』(レッシー)。そのほか、ドラマティック・カンパニーの舞台作品に多数出演。

②役者という仕事への意識が変わったら、自然と仕事が増えていった

自分の夢である役者で稼ごうとは思っていなかった

 役者には大きく分けるとふたつのタイプがあって、ひとつはコッペパンをかじってでも役者を続けるぞという熱血漢タイプ。もうひとつは、財布に10円しか入っていなくても1万円持っているような顔をして遊ぶというタイプです。私が見習ってしまったのは後者のほうの先輩で「使いたいだけのお金を稼げばいいんだろう」という考えでした。私は20代半ばで結婚しましたが、アルバイトの弾き語りを2つ3つ掛け持ちでもすれば家族を養えると思っていましたし、働くことは苦ではなかったです。というよりも、役者という仕事は私にとって夢でしたから、役者自体で生活費を稼ごうとは考えられなかったんです。

 ところがある日、妻から「いつまでも弾き語りなんてできないし、アルバイトを辞めれば」と言われました。私は当然「アルバイトを辞めたら生活していけない」と答えたわけですが、妻は「貧乏だっていいじゃない」と言ってくれて、それまで住んでいた家を引き払って、六畳一間の安いアパートにお引越し。妻としては私のことを考えて、いつまでも夜のアルバイトを続けていたらろくな演技ができないし、それでは本末転倒ではないかと遠回しにアドバイスしてくれたのだと思います。それからは、役者という仕事に対する意識が変わりました。すると自然に仕事が増えていき、気がつけば役者だけで食べていけるようになっていました。 

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 今だからこそこうやって面白おかしく話せますが、当時はとにかく生意気だったと思います。昔の私を知っている人に会ったら、「もう忘れてください」と土下座したくなるくらい恥ずかしいエピソードだらけ。「仕事はもらうものじゃなくて自分で取ってくるものだ」なんて突っ張っていましたから、仕事がなくて困っている、などとはとても言い出せなかった。それを簡単に言える性分だったら、また違う道があったのかもしれません。

 現在の事務所の社長・南沢道義と出会ったのもその頃です。当時の私は事務所に所属せずフリーで活動していたのですが、今でも忘れられないのが南沢から言われた「とりあえず食っていこうよ」というひと言。役者を続けていると、「一緒にやっていこう」と誘われたり、「うちの事務所に入らないか」と声をかけてもらったりすることは比較的多いのに、私はとにかく生意気だったので、そういう人は現れませんでした。そんな私に手を差し伸べてくれたのが南沢で、そのとき抱えていた悩みなどもすべて話しました。南沢を信頼して、この人に拾ってもらおうと思ったんです。その選択が間違っていなかったからこそ、今でもこうして役者の仕事が続けていられるのだと思っています。

演じるたびに喉をつぶしたばいきんまんの演技

 今までさまざまなキャラクターを演じてきましたが、どれもひとつひとつ思い出があります。『あしたのジョー』でカーロス・リベラを演じさせていただけたこと。『にこにこぷん』のぽろりに出会えたこと。そして、ぽろりに引き続いて『ドレミファ・どーなっつ!』でレッシーを演じさせていただけたこと。『それいけ!アンパンマン』のばいきんまん、『ドラゴンボールZ』のフリーザ、『ONE PIECE』のシーザーなど、自分の転機となる時期に、たくさんの方から愛していただけるキャラクターに出会えたことが、今でも役者を続けていられる理由のひとつだと思っています。さまざまな作品で悪役を演じたせいか、ラスボスというと私に声をかけていただけるようにもなりました(笑)。

 『それいけ!アンパンマン』は、当初3ヶ月で放映が終わる予定だったと聞いています。私はあまり声を作ることはしないのですが、ぽろりと同じ声では小さいお子さんが混乱してしまうのではと思い、ばいきんまんに関しては苦肉の策で声をつぶして演じてみたんです。そのまま26年ですからね。今はもう慣れてきましたし、徐々に地声に近いところに引っ張ってきてしまったので、それほど苦労なく演じられていますが、スタートした当初は本当に大変でした。『アンパンマン』の収録の翌日が『にこにこぷん』というスケジュール。ですが、ばいきんまんを演じると完全にのどが潰れてしまうんです。それで事務所にお願いして、『アンパンマン』収録後はほかの仕事を入れないようにして、とにかくのどを休めていました。申し訳ないなと思うのですが、今でもそうしています。

 声が出なくなったときは、とにかく休むしかない。でも人間の体ってすごいもので、完全に声帯が伸びきっているのに、声が出ることがあるんです。以前、芝居の初日に声が出なくなってしまったことがあるのですが、声帯が治ったわけではないのに、奇跡的に翌々日にはなんとか音が出るようになっていました。おそらく、無意識のうちに呼吸法と声帯の使い方を変えることで体への負担をできるだけ減らして、声を出せたのだと思います。よく役者は腹式呼吸ができなければいけないと言いますし、私自身もブレスが演技の6~7割を占めていると思っていますが、本当に腹式呼吸ができているかは数値で見られるわけではないので自分自身でもわかりません。

 でも考えてみれば、赤ちゃんはいくら泣いても声を枯らすことがありませんよね。ということは、誰でもみんな腹式呼吸ができていたはずなんです。とはいえ、元気なときにその体に負担の少ない呼吸法ができるかといったら、それがまた難しい。そういう意味では、声が出なくて焦るのも、いい経験かもしれません。経験を重ねると声帯も鍛えられるので、今はもうほとんどありませんが、「明日の声は残さない。今、めいっぱい今日の声を使いきってしまう」という気持ちで演じていた若い頃がなつかしいです(笑)。

 

先輩から学ぼう!

声優相談室、柴田がカツ
最強声優データベース、声優名鑑

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